第20回(2026)
最優秀FM賞(鵜澤賞)
株式会社安井建築設計事務所
安井建築設計事務所は2024年、神田美土代町に位置する築60年のオフィスビルに東京事務所を移転し、その空間を「美土代クリエイティブ特区」と名付けた。本プロジェクトは単なる移転ではない。自ら成長し、つながりを築き、主体的に企画・行動する個人が集う、活動拠点を構築する試みである。
私たちは、建築やまちづくりに携わる集団として、関わる人の個性や創造性を引きだし、人とまちを活性化するプラットフォームを目指した。この思想は、個人の自主性を尊重し、自律的な文化を育む当社の理念そのものである。
本計画では、この理念を空間づくりにとどめず、経営戦略へ接続した。オフィスを「場所」から「成果を生み出す経営資源」と再定義し、人財育成と健康経営(ウェルビーイング)を基盤に、以下4つのポイントで社員の自発性とチーム連携を引き出すことを試みた。 その結果、エンゲージメントは9.7%向上し、組織の魅力は採用と発信に波及した(採用応募者数54%増、Webアクセス24%増)。オフィス投資とFMは、ビジネスの成長と人の成長を両立させ、経営そのものを進化させている。
移転先となった建物は、神田美土代町で60年間使われてきた建築だ。常に新しいものが生み出される都市に、あえて既存建物の原点や歴史に立ち返り、積み重ねられた「記憶」を大切にした。リノベーションでは、新旧の要素を重ね合わせ、時間の層を感じさせる独自の空間を創出している。過去と現在をつなぐ姿勢は、建築の持続性を問い直す試みでもある。

神田の歴史と文化が息づくまちで、設計事務所がどのように貢献できるかを経営の重要なテーマとした。オフィスをまちにひらくことで、まちの文化と日常的に交わる環境をつくりだしている。これは、社員の外向きの意識や創造性を刺激し、まちと共に価値を高め合う関係性を育み、社会課題への感度や企画力が高まり、新たなプロジェクト機会や協働関係の創出へとつながっている。

環境への配慮も大きな柱である。既存建物の再利用により建設時の環境負荷を抑えつつ、高効率空調などの省エネ技術を導入し、運用時のエネルギー消費量を45%削減(BEI* 値0.55/ZEB Oriented**/BELS***★5 を取得)した。築60年超、延床面積約2万㎡規模の建物での達成は、極めて先進的な事例といえる。
* : 建築物のエネルギー効率を評価する指標(Building Energy-efficiency Index)の略称。数値が小さいほど省エネ性能が高いことを示す。
** : 延べ床面積10,000㎡以上の大規模建築物を対象に、省エネ性能を基準から40%以上削減した建築物を指す。
***: 建築物省エネルギー性能表示制度(Building-Housing Energy-efficiencyLabeling System)の略称。建物の省エネ性能を5段階(★の数)で評価する。
さらに、空間は人や光、風、情報が吹き抜けを介して立体的につながる構成とし、偶然の出会いや交流を誘発する「つながる場」として計画された。1階のまちにひらかれた空間から、吹き抜け階段を通じて執務エリアへと連続する動線は、自由な回遊と創造的な衝突を生み出す源泉となっている。


本プロジェクトは、まちと建築の関係が未来へと連なっていくための「種」を蒔く試みであり、建築設計者が率先して果たすべき役割を実践的に示す、挑戦のスタートでもある。

●サービス提供者
・住商ビルマネジメント株式会社
・株式会社グランドレベル
●講評
本事例は、築60年のオフィスビルを、地域に開かれた自社オフィスとして再生した先進的な取り組みである。社内コンペで選ばれた最優秀案をもとに、ワークショップを通じて社員の主体性と創造性を引き出し、「美土代クリエイティブ特区」というコンセプトを具現化したプロセスも特筆に値する。単なるオフィス改修に留まらず、 1階を開放的なガラス張り空間とし、地域住民や来訪者が自然に立ち寄れる場を創出した点が評価された。オーナーの想いと歴史を継承しつつ、建築のエイジングを肯定的に捉え、環境課題であるエンボディドカーボン削減、自社の人的資本向上に寄与している点、地域との新たな関係性を構築した点は、FM が様々な分野に貢献しうる可能性を明確に示す、極めて優れた実践事例である。最優秀と認め、優秀FM賞(鵜沢賞)を授与する。