
JFMA 副会長・フェロー
EuroFM日本大使、日本オフィス学会 会長
株式会社松岡総合研究所 代表
まつおか としあき
シドニー中央駅に隣接するオーストラリアを代表するIT企業Atlassianの本社「アトラシアン・セントラル」が、2026年7月、地上39層・高さ180メートル超の最上部まで到達した。デベロッパーDexusはこれを世界最高のハイブリッド木質タワーと公表し、2026年末の実質完成を目指して外装と中央設備の工事を進めている。JFMA海外FM視察調査団として2024年11月の工事初期に続き、再び2026年8月竣工間近のタワー内部を視察する機会を得た。2年前には模型と図面で理解していた構想が、木・鉄・コンクリートの重なりとして目の前に現れた。今回は、その変化とFMの視点から見た意味を報告したい。次代を予感させる新しいサステナビリティプロジェクトのモデルといえよう。
この建物を単純に「木造超高層」と呼ぶのは正確ではない。低層部は鉄筋コンクリートを主体とし、中央のRCコアは上部まで連続する。その周囲に4層ごとの主要鉄骨床、いわゆるメガフロアを設け、その間に木柱、木梁、CLT床を組み込む。外周は鉄骨のフレームと斜材が包む。木、鉄骨、コンクリートを階ごとに分けるのではなく、同じ空間の中で役割を分担させた複合構造(ハイブリッド木質構造)なのである。
4層を一単位とする空間は「Habitat」と呼ばれ、オフィス部分に7つ積層される。現場で見ると、木柱の上に木梁を載せ、CLT床を落とし込む構成は、いわば巨大な積み木のようだ。しかし、その単純に見える納まりを180メートル超のタワーで実現する裏側には、構造、耐火、遮音、設備、物流を統合する精密な設計が必要となる。木梁上端の切り欠きには空調ダクトや配管が通り、柱・梁は現しとする。一方、CLT床下面は要求性能に応じて被覆されてる。木質部材メーカーWiehagの供給範囲だけでも、構造用集成材GLT約3,800m3、CLT約8,080m3に及ぶ。量の大きさだけでなく、異種材料の接合部と施工順序を標準化した点が、超高層化を可能にしている。
施工方法も特徴的である。RCコアを先行させ、鉄骨とコンクリートによる上下のメガフロアを先につくり、その間へ木柱、木梁、CLT床を後から組み込む。海外で製作した木質部材は船で運ぶため、コンテナ内の積み方までシミュレーションし、梁幅などの寸法に反映したという。設計が終わってから物流を考えるのではなく、調達と輸送の条件そのものを設計に織り込んでいる。
「CO2を50%削減」という環境目標は、対象を分けて理解する必要がある。
第一は、従来型のプレミアムオフィスタワーと比べ、構造のアップフロント・エンボディドカーボンを50%削減する目標。第二は、従来型の5 Star NABERSのベースビルに比べ、運用エネルギー効率を50%改善する目標。第三は、運用開始時から使用電力を100%再生可能エネルギーで賄う計画である。
換気も全館一律ではない。主たるオフィスは機械換気・機械空調、別の領域は自然換気と機械空調の併用、北側の屋内庭園は自然換気のみと、三つの方式を使い分ける。環境技術は設備の追加競争ではなく、外皮、気候、用途、制御を組み合わせることが重要だと分かる。木の柱・梁、植栽、自然光、外気に接する空間は、完成後のワークプレイスの快適性と企業文化を支える装置になる。
では、一般の賃貸ビルよりコストがかかる木質化をなぜ実現できたのか。現地説明では、Atlassianにとって企業ブランド、環境目標、働き方の理念を建築で表すことが重要であり、DexusにとってはAtlassianという長期利用者の存在が投資判断の前提になったという。発注者、投資家、主要テナントの時間軸が揃ったことで、通常の初期費用と賃料だけでは評価しにくい価値を事業化できたのである。これは、建物を「完成時の商品」ではなく、長期に企業価値を生み出す経営資産と捉える発想である。
さらに低層部では、鉄道・郵便・荷物輸送の歴史を伝える旧施設をいったん解体し、部材に番号を付け、温湿度管理した倉庫で保管したうえで再構築する。既存のレンガ壁と新設鉄骨が同じ空間に立つ姿は、新築と保存を二者択一にしないアダプティブ・リユースの実践でもある。駅、公共空間、ユースホステル、店舗、オフィスを結び、建物単体ではなく街の記憶と動線を更新しようとしている。
アトラシアン・セントラルの本当の先進性は、木を高く積んだことだけではない。材料選択、施工、エネルギー、ウェルビーイング、歴史資産、投資、企業文化を一つの事業として統合した点にある。完成後には、自然換気と機械空調の切替、木部の保全、植栽管理、エネルギー実績、利用者の快適性を継続的に検証するFMが、その理念を現実の性能へ変えていく。とりわけ、設計時の環境目標を運用データで検証し、利用者行動に合わせて制御を改善する仕組みが不可欠である。木質化の価値も、炭素削減量だけでなく、働く人の愛着、交流、ウェルビーイングという成果まで測って初めて経営価値になる。竣工はゴールではない。今まさに、オフィス内部に植栽用の土が持ち込まれているところ。むしろ、壮大な実証実験のF M運用モデルはこれからが幕開けといえよう。Atlassian本社入居後、数年後にまた訪問したい。

オーストラリア・シドニーで建設が進む「アトラシアン・セントラル」は、地上39階建て、高さ182mを誇る超高層ビル。大林組と現地のBuilt Pty Ltdによる共同企業体(JV)が施工を担当している。CLT(直交集成材)と鉄骨を融合させた「木造ハイブリッド建築」として世界で最も高いビル。最先端のサステナビリティ技術を集結させ、建設時のCO2排出量を通常比50%以下に抑制。完成後は100%再生可能エネルギーで稼働し、LEEDやWELLといったグリーンビルディング認証の取得を予定している。