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【レポート】公開セミナー「さいたま新都心のデザイン」

【レポート】公開セミナー「さいたま新都心のデザイン」

JFMAユニバーサルデザイン部会

  児玉達朗、千葉亨二、波多野弘和、塩川完也

まち開きから四半世紀の「答え合わせ」:ユニバーサルデザインの視点から都市のFMを考える

2026年124(土) JFMAユニバーサルデザイン研究部会主催による公開セミナーが開催された。

2000年の「まち開き」から約25年。巨大な都市インフラとして誕生したさいたま新都心が、四半世紀を経てどのように成熟し、あるいは課題が露呈してきているのか。開発当時、設計や計画のさまざまな立場でデザインの最前線にいた、田中氏、似内氏、森山氏の3名のプロフェッショナルが、自らの仕事を「答え合わせ」するという、他に類を見ない刺激的な試みであった。

1:五感で巡る「答え合わせ」のまち歩き

講演に先立ち、講師と共に現地を巡る「まち歩き」が行われ、開発当時の秘話や三者三様の想いが語られた。まずは、その様子からレポートしたい。

気温10℃ほどの寒い冬晴れの中、さいたま新都心駅に集まった20名を超える参加者は、講師の解説を受けながら、まちへと繰り出した。

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さいたま新都心駅にて集合

駅コンコースから「月のひろば」へと続く歩行者空間(ペデストリアンデッキ)では、田中氏からサイン計画における「色」について語られた。

まちの視認性を高めるために採用されたシンボリックなイエロー。25年が経過した現在もその鮮やかさは健在だが、サインの盤面を指し示しながら、「当時はこれが情報のすべてだったが、今は歩行者の視線は手元のスマートフォンに向けられている。物理的サインの役割をどう再定義すべきか」と、現場ならではの問いが投げかけた。

また、25年の歳月によって塗装が劣化したサインパネルの前では、参加した若い人達に向けて、「これがチョーキング(白亜化)だ。やはりメンテナンスが重要だね」と説明される場面もあり、印象的であった。

続いて、郵政街区を繋ぐ橋梁(Mデッキ)では、似内氏から当時の景観調整の苦労話が語られた。「橋梁設計に当たり、最小限の材料で構成することをコンセプトにした」としつつ、「構造強度が同じでも部材を大きくしがちな土木設計との考え方の違いが大きく、関係者の合意形成に苦労した」と振り返った。複数の事業者が隣接する巨大プロジェクトの中で、連続性のある歩行空間を確保するために多くの工夫がなされたことも紹介された。

また、「インクルーシブなまちを目指し、“異物”とも言えるパブリックアートを組み込むことで、まち全体に心理的な寛容性を育むことも狙った」と語った。

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Mデッキ(ペデストリアンデッキ)

車椅子で参加した森山氏からは、ユニバーサルデザインの視点から振り返りが語られた。

駅前広場から続くフラットで雨にも濡れない庇付きのペデストリアンデッキは、障がいの当事者になった今、改めて素晴らしい計画であったと実感する」と述べた。さらに、まち歩きの途中から杖での歩行にも挑戦し、路面のわずかな傾斜や舗装の質感について、当事者の視点からリアルタイムにフィードバックがあった。

「設計図面では『1/12の勾配』という一本の線でも、車椅子ユーザーにとっては大きな身体的負荷になる」との言葉は、参加者に強い印象を与えた。参加者はその言葉を聞きながら、実際に自分の足で歩くことで、ユニバーサルデザインの「深さ」を体感する貴重な機会となった。

また、最後には、自身が設計に携わった「旧ラフレさいたま(ザ・マークグランドホテル)」にて、計画道路内での外構整備の苦労や、メインエントランスの吹き抜けに面した大型サッシの方立てに木製カバーを設えたデザインへのこだわりが語られた。

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杖で歩行する森山さん

第2部:公開セミナー

「まち歩き」に続き、場所を 埼玉県男女共同参画推進センター視聴覚セミナー室 に移し、講師3名による講演とパネルディスカッションが行われた。

講演1 システムとしてのデザインと技術の進歩

「さいたま新都心のサイン計画」  田中 一雄 さん(GKデザイン機構)

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田中さんは、まち歩きでの議論をさらに掘り下げた。                                                  

「埼玉県バリアフリー都市宣言」を背景に、当時最高水準のユニバーサルデザインを目指し、触知図や音声案内など多角的な誘導システムがまち全体に整備された。25年後の「答え合わせ」として挙げたのは、デジタル技術の劇的な進化である。「当時は、スマートフォンのここまで普及は予測できなかった」と述べ、次世代では静的なハードウェアとしてのサインと、動的なデジタル情報の融合が次課題であると指摘した。

一方では、「エリアを貫く共通システムの価値は今も揺らいでいない」とし、物理的サインが持つ「まちの拠り所」としての重要性も再確認された。    

講演2:寛容な都市への視点

「僕とユニバーサルデザインの関わり」 似内 志朗 さん(ファシリティデザインラボ)

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郵政省時代に郵政街区の設計・景観調整に携わった似内さんは、事業者かつ設計者という多角的な視点からユニバーサルデザインを語った。パブリックアートとユニバーサルデザインについて、「統一は美しいが、行き過ぎてしまえば息苦しさをもたらす」と指摘し、FM(ファシリティマネジメント)における重要な視点を提示した。まちに点在するパブリックアートのような、一見「非効率」に見える要素が、まちに多様性や寛容性、さらには心理的な豊かさをもたらす。

かつて郵便局のユニバーサルデザイン導入時における理念であった「Universal Design for Universal Services」を事例として、プロジェクトの最初に設定する理念の重要性を強調した。また、物理的なバリアフリーを超えた、サービスの質を含むユニバーサルデザインの必要性が示された。

講演3:作り手から使い手へー26年間の当事者視点―

「健常者で街づくりに参画、障がい者で其処に立つ」
森山 政与志 さん(生活環境・企画設計工房)

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このセミナーで最も聴衆の心を揺さぶったのは、森山さんの体験談だろう。設計者として新都心のプロジェクトに関わった直後に、脳溢血による左半身麻痺となり、皮肉にも自らが設計に関わったまちで「障がい者」として復職することになった。「車椅子で移動すると、わずか2㎝の段差が壁になる」、「自分が設計したトイレの扉が重くて開けられない」などの実体験に基づく言葉は、設計図面の中だけでは見落とされがちな「身体性」の欠如を鋭く指摘した。

ユニバーサルデザインを「可能な限り多くの人が参加できる環境のデザイン」と定義し、「それは誰かのための施策ではなく、自分自身の未来のためでもある」と語り、「輝ける未来は、過去をも変える」と締めくくった。

パネルディスカッション:まち開きから四半世紀の答え合わせ

ファシリテーター:千葉亨二さん(板橋区役所)
登壇者:田中一雄さん、似内志朗さん、森山政与志さん
   
                                                                                                     

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「まち開きから四半世紀の答え合わせ」を行った。

まち歩きの感想から始まり、「四半世紀前とのギャップ」、「今の技術があったら」などをテーマに進行された。登壇者の3名からは、当時の記憶を辿りながらも参加者に伝わるトークが展開された。

また、近年議論を呼んでいる「排除アート(滞留を妨げるデザイン)」などをテーマに意見交換が行われ、「誰一人取り残さない(SDGs)」というユニバーサルデザインの理念と、公共空間の秩序維持という相反する課題に対し、「排除ではなく、多様な利用者を許容するマネジメントの工夫が必要ではないか」という意見が示された。

最後には、「次世代に伝えたいこと」として、完成がゴールではなく、25年という歳月の中で、管理運営側が利用者の声を拾い、微調整を続けていく、「運用のデザイン」こそが、成熟した都市には不可欠であるという結論に達した。

また、当日の参加者には、開発に携わった関係者や現在のまちに関わるひと、まちづくりやデザインに興味を持つひと、行政職員などが含まれており、登壇者と会場が一体となり、意見交換が繰り広げられ、盛会のうちに終演を迎えた。

次なる四半世紀に向けて

四半世紀を経過する中では、さいたま市における人口増加や少子高齢化などの社会環境、スマートフォンをはじめとしたデジタル技術の進化、ユニバーサルデザインを対象とする人々の多様化などが大きく変化している。今回のセミナーは、単なる過去の振り返りではなかった。設計者が25年前の自らの仕事を直視し、失敗を認め、次代への教訓を抽出する姿は、FMの本質である「継続的な改善」そのものであった。開発当時の担当者に、四半世紀を経過したまちづくりの振り返りを語っていただくという、通常では難しい企画であったが、快くお引き受けいただいた、田中一雄さん、似内志朗さん、森山政与志さんには、改めて謝辞を申し上げたい。

まち歩きから公開セミナーでの議論まで一貫していたのは、「都市はつくって終わりではない」という事実だ。さいたま新都心という壮大な「実験場」から得られた知見を、私たちは自身のフィールドでいかに活かしていくべきか。ユニバーサルデザインを「機能」ではなく「文化」として根付かせるための、多くの示唆に富む一日となった。この取り組みがユニバーサルデザインのさらなる発展に寄与し、可能な限り多くの人への理解に繋がることを願いつつ、今後の研究及び活動へとつなげていきたい。